法皇山脈魅力発信プロジェクト

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新居浜の山旅 産業遺産と歴史文化にふれる旅

ここ新居浜市は、別子銅山の開坑によって歴史を築いた町、そして銅山から機械、化学産業等、工業都市として発展した町。銅山越、西赤石山、カブト岩に登ったら、日本の近代化を支えた産業遺産が残る新居浜市を訪ねましょう。さあ、別子銅山の歴史と新居浜市の文化を訪ねる旅に出発です。

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山旅をはじめるまえに-博物館に行こう!-

1st Day

09:00......別子銅山と新居浜市発展の歴史にふれる

広瀬邸・新座敷からみる庭園

吹き出し広瀬邸・新座敷からみる庭園吹き出し

新居浜市には別子銅山関係の産業遺産が多く残っています。別子銅山記念館、マイントピア別子、広瀬歴史記念館(旧広瀬邸)など、地域のミュージアムを訪ねてみましょう。

旅のメモ

新居浜市の旅のはじまりは、まず別子銅山について知ること。別子銅山記念館では、銅山で生きた人々の暮らし、開坑から閉山まで280年余りの別子銅山の歴史を学ぶことができます。記念館の横には別子銅山の鎮護の神が祀られる大山積神社、別子1号(蒸気機関車)があります。近隣にある広瀬歴史記念館もぜひ訪れましょう。新居浜市の近代化に貢献した広瀬宰平の邸宅・旧広瀬邸が見学でき、母屋2階の望煙楼と名付けられた部屋からは、新居浜市の工業地帯を一望することができます。見学を終えたら、いよいよ端出場地区・マイントピア別子に向かいましょう。鉱山鉄道に乗って、かつての別子銅山にタイムスリップ。当時の作業や暮らしが疑似体験できます。第四通洞、旧端出場水力発電所などにも足を運んでください。

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15:00......星越-別子銅山と人々の暮らし

社宅の一部が大切に保存されています

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新居浜市星越地区には、別子銅山で働く人々が暮らし、生活していた社宅群「山田社宅」が残っています。別子銅山と関わる新居浜市の人々の暮らしの歴史を学びましょう。

旅のメモ

銅山で得た鉱石は別子鉱山鉄道の上部鉄道を経て下部鉄道へ。自転車道・歩行者道として整備された旧下部鉄道の線路跡をたどると、その先に星越地区があります。1925年に星越に建設された機械選鉱場「新居浜選鉱場」は、新居浜市のシンボル的な存在でした。その手前には旧星越駅舎が保存されています。星越駅舎は新居浜選鉱場の操業に併せて開設されました。駅周辺にはかつて社宅群が整備され、駅から社宅への道は銅山関連で働く人々で大変賑わっていたそうです。現存している一部の建物からは当時の人々の暮らしの面影を感じることができます。駅舎及び選鉱場、社宅群、社宅跡地は公開されていませんので、立ち入り禁止区域には入らないでください。また、通行車両にはご注意ください。

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2nd Day

07:30......かつて銅が運ばれた歴史ある道を歩く

銅山越を見守る峰地蔵

吹き出し銅山越を見守る峰地蔵吹き出し

西赤石山山頂では法皇山脈のみならず、高知県の山まで見渡すことができます。ぜひ地図をもって山々を確認してみましょう。

旅のメモ

いよいよ西赤石山登頂です。今回のルートでは、東平登山口から銅山越を経由し西赤石山に登頂します。今回は少し足を延ばしてカブト岩まで行きましょう。まず、登山口から銅山越を目指します。別子銅山は江戸時代の元禄4年から開かれ、粗銅はここ銅山越を越えて新居浜市の臨海部まで運搬されていました。銅山越には運搬の途中で行き倒れた無縁仏を供養するために、地蔵が安置されています。そして、銅山越を過ぎ、2時間弱で西赤石山山頂に到着です。標高1625mの山頂付近は見晴らしが良く、石鎚山系や高知県の山々を望むことができます。また、アカモノ(銅山イチゴ)やリンドウなどが自生しています。

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12:00......西赤石山を下り、銅山峰ヒュッテにこんにちは!
西赤石山の植物や生態を教えてもらおう

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西赤石山山頂の手前に、兜のように突出したかんらん岩体「カブト岩」があります。5月中旬頃から、西赤石山の斜面に広がるツガザクラを眺めることができます。真っ青な空と360度に広がる景色は非日常の空間です。

旅のメモ

西赤石山に登頂したら、さらに進んでカブト岩を目指しましょう。カブト岩に到着すると、周囲の景色が一気に開けます。西赤石山や新居浜市街地のみならず、晴れた日には今治市と尾道市を繋ぐしまなみ海道まで見渡すことができます。ここからは、登山道をそのままもどる下山ルートです。登山道の周辺にはアケボノツツジやツガザクラをはじめ貴重な植物がみられます。保護柵の外から楽しみましょう。しばらく下山すると、インクライン跡があります。当時は、第一通洞から出た鉱石を選別し、このインクラインを使って角石原選鉱場の焼鉱炉へ運んでいました。そのまま下ると、「銅山峰ヒュッテ」に辿り着きます。かつて別子銅山関連施設だったこの建物を、伊藤ご夫妻が宿泊施設に整備しました。トイレや施設を借りる際には、まず一声「こんにちは!」と声をかけましょう。このまま下山し、東平登山口にもどります。

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16:00......登山口を進めば 東平の煉瓦や古写真が伝える歴史
ガイドさんに教えてもらおう

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標高約750mの東平(とうなる)という地域には現在も赤煉瓦の建物が残っています。「東洋のマチュピチュ」と呼ばれ、鉱山のまちとして栄えた東平で当時の生活文化を読み取ってみましょう。

旅のメモ

西赤石山登山の最後は、東平へ。東平には別子銅山の採掘本部が置かれ、明治末期から昭和43年まで鉱山のまちとして栄えた産業遺産が今もなお残っています。当時建てられた「旧保安本部」や「東平索道停車場跡」、「東平貯鉱庫跡」など、東平の風景がマチュピチュに似ていることから「東洋のマチュピチュ」とも呼ばれています。ぜひ煉瓦の積み方にも注目してみましょう。東平歴史資料館では東平周辺の採掘から運搬まで、かつての東平の鉱山開発の様子を模型で立体的に見ることができます。また、人々の生活地としてジオラマや道具、古写真等で東平の生活文化についても紹介されており、当時の人々の生活を垣間見ることができます。ここには赤石山系の植生の展示もされていますので、異なる季節の赤石山系にもふれてみましょう。

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3rd Day

09:00......企業城下町を歴史まち歩き
共存・共栄橋は企業城下町の歴史

吹き出し共存・共栄橋は企業城下町の歴史吹き出し

口屋・惣開周辺はかつて、銅山物資輸送の玄関口として栄え、多くの人が交流する場所でした。当時から変わらずここにある「あかがねの松」は、この地の歴史を静かに見守っています。

旅のメモ

3日目は、山を下りて市街地の歴史をさぐってみましょう。港・口屋跡から中心市街地として栄えた「昭和通り」、別子銅山に通ずる道「登り道(登り道サンロード)」を歩いて散策しましょう。別子銅山から運んできた粗銅を大阪へ送り、生活物資を銅山に送る重要な拠点であった「口屋」の跡地には口屋跡記念公民館があります。少し離れた場所には、鷲尾勘解治と関係が深い自彊舎の跡地や共存・共栄橋の橋柱などがあります。鷲尾勘解治は自らが坑内で働いた経験から、銅山で働く若者の教育のために自彊舎を開き、かつて昭和通りにかけられていた共存・共栄橋に新居浜市の発展の願いを込めました。それらを見て歩くと、銅山から工業都市へ、現在に続く新居浜市の発展にふれることができます。

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11:00....新居浜太鼓祭りは、新居浜の熱い心意気
勇壮な太鼓台の装飾は新居浜太鼓祭りの粋

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一宮神社の樟樹群、「小女郎狸」の伝説、市民文化センターの郷土資料室の展示、あかがねミュージアムの太鼓台や祭りの映像からは、新居浜の人々の暮らしや文化を見つめることができます。

旅のメモ

登り道を歩いて、一宮神社に参拝しましょう。大山積神、大雷神、高龗神を祀る一宮神社では、参道で太鼓台の勇壮なかきくらべがあります。また、一宮神社には「小女郎大明神」として楠木神社に祀られている小女郎狸の伝説があり、「諸願成就」の守り神として信仰を集めています。市民文化センターまで足を延ばして郷土資料室「ふるさとラボ」を訪ねてみましょう。法皇山脈の岩石鉱石、また考古資料や民具の展示をみることができます。新居浜太鼓祭りに関心をもったら、ぜひあかがねミュージアムへ。太鼓台の展示や迫力ある「360°太鼓祭りシアター」から、祭りの粋を肌で感じることができます。美術の企画展も充実しており、Cuカフェもおすすめです。

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13:00......もう一つの産業遺産-多喜浜塩田に出かけよう
多喜浜塩田の模型は今昔を伝えます

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かつて多喜浜には広大な塩田がありました。1700年に阿波の浜師六左衛門が黒島浦を訪れた際、前干潟が塩浜に至極良い場所だと話したことがきっかけです。現在も尚残る多喜浜塩田の歴史や文化にふれてみましょう。

旅のメモ

多喜浜に向かって県道133号線を進むなら、別子飴本舗に立ち寄りましょう。別子飴は、別子銅山の繁栄の歴史を伝える菓子として「別子」と言う名を冠しています。水飴と練乳で作られた菓子は、色とりどりの包み紙に様々な味を楽しむことができます。新居浜市ならではのお菓子を楽しんだら、いよいよ多喜浜へ。まずは多喜浜公民館(事前予約)を訪れましょう。2階の多喜浜塩田資料展示室には、塩田に関する年表や資料、かつての多喜浜の町場を復元した模型などが展示され、現在の景色と重なります。ここで多喜浜塩田の歴史にふれたら、ぜひまち歩きをしてみましょう。藤田家など、かつての塩田地主などの屋敷跡から、多喜浜塩田の繁栄ぶりが伝わります。時間があれば、ソルティ多喜浜で塩田体験にも挑戦してみましょう。

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15:00....大島を自転車でまわれば、暮れる夕日が美しい
瀬戸内海に沈む夕日は旅のしめくくり

吹き出し瀬戸内海に沈む夕日は旅のしめくくり吹き出し

青い瀬戸内海と紅葉が美しい山々、大島には豊かな自然が広がっています。ここ大島は、白芋の産地。サイクリングコースから、広がる燧灘と収穫中の芋畑を見ることができます。

旅のメモ

塩田の開発が進み、埋立でつながった黒島から、大島にわたってみましょう。私たちの旅では、直売所あかがね市「四季菜広場」で地元手作りのお惣菜やえびちくわを買って、大島に持っていきました。まずは、新居浜市営渡海船・黒島待合所でチケットを購入し、フェリーに乗ります。フェリーに乗ると約15分の短い船旅が始まります。海から見る法皇山脈は素晴らしい眺めです。大島に到着したら、自転車を借りましょう。なお、大島唯一のレンタサイクルである「大島サイクリング」は事前予約(営業曜日を確認してください)が必要です。自転車の周遊コースは燧灘などを目前に見ることができ、1時間程度でも大島の見どころを満喫できます。帰りの船から見える素晴らしい夕日が、「新居浜の山旅」の終わりを告げます。